「なのに、お前らは二人とも俺から離れていく。……たった一人の家族が結婚して家を出て行ったら、残された奴はどうなるんだ?」

 蘭さんが泣きそうな顔で無理やり笑う。

「○○さんは竜胆の嫁だから、ダンナがいない家には当然寄り付かなくなる。弟も好きな女もいない、この広い家で俺はひとりきりだ。

……畜生。ふざけんな。ふざけんなよ……!」

「兄貴、」

「竜胆、お前さ。俺が本気で○○さんに惚れてたから逃げようとしたんだろ」

「!」

「だからこの間あんなこと言ってきたんだろ? ○○と結婚するから家出てくなんてさ。俺と○○さん引き離して、俺たちの仲がこれ以上良くならないようにしたんだろ。
お前言ってたらしいな? オレより兄貴のほうがいい男だから好きにならないで、って。○○さんから聞いたぜ。その時は可愛いヤツだなって思ったけどさ。……今は、無理だな。そこまで余裕ねえや」

「……」

「……お前、○○さんと結婚するために真っ当な人間になるとか訳分かんねえこと言ってたよな?」

 あははっ、と蘭さんがお腹を抱えて笑う。

「なれるわけねえじゃん。お前、自分を誰だと思ってんの?『灰谷竜胆』だぞ。
テメェが昔何やったか忘れたわけじゃねえよなー? 兄貴()と一緒に族の男殺ったのはどこの誰だっけ?

人ひとり殺して年少入って、それでも反省しねえで他人を喜んで痛めつけられる奴が真っ当に生きていける訳ねえだろ!! 現実見ろや!! あァ!?」

 彼の怒声が、びりびりと体に響く。

「人はそう簡単に変わんねえ、いや変えられねえんだよ。本人がいくら努力しようと周りの人間が手助けしようと、それでもどうにもならない奴ってのがこの世の中には居るんだよ。

俺は自分がそうだと思ってる。つーか確信してる。
普通に学校通って、普通に就職して、普通に結婚してガキ作って、なんてのは俺の未来にない。
善人も悪人も関係なく痛めつけて、自分と同じようなろくでもない連中とつるんで、最後はきっと惨めで苦しい死に方をするんだ。

竜胆。お前だってそうだろ? 生まれたときから俺と一緒だった。何をするにもどこへ行くにも、俺と一緒に同じことばっかやってた。スミだって同じの半分ずつ入れて、年少だって一緒に入ったしな」

 ハハ、と乾いた声で笑った。

「そんなお前が俺とは違う道を行くわけない。お前だって同じはずだ。俺と一緒に苦しんで、死んでも一緒に地獄へ落ちるんだ。

俺たちはずっと、ずうっと一緒なんだよ」

 蘭さんが静かに、でもキッパリとそう言った。
 竜胆は何も言わず、微動だにせず泣いている。

 ○○さん、と今度は私が声をかけられた。

「アンタは何も悪くない。ただの被害者だよ。俺と竜胆(コイツ)に好かれちまっただけの、運の悪いごく普通の女だ。

でも全ての始まりは、○○。アンタが竜胆に関わったからだ。
こんなナリの男で、大丈夫かって声かけただけなのに怒鳴られるなんてそれだけでやべえ奴だって小学生でも分かるだろ。
一度目で消えろって追い払われたくせに戻って来やがって。しかもわざわざ消毒液やら包帯やら、そんなものまで買って世話焼いてさ。

そんなことする必要なかったんだ。お節介焼いたらいけない相手に親切にしたから俺らみたいなもんに目ェ付けられるんだよ。放っておきゃ良かったのに……バカな女」






 しん、と静まり返った部屋の中。蘭さんが、フッと声を漏らした。

「なぁ、お前ら二人、俺と一緒に地獄に堕ちてくれよ。俺と苦しみながら生きて、一緒に死んでくれ」

 長い髪の間から、目を伏せながら笑っている顔が見えた。

「○○」と、今度は竜胆に名前を呼ばれる。

「オレたちは本当に勝手で、最低なクソ野郎だ。
でも、お前のことは……お前のことだけは、本当に好きなんだよ。大事に思ってる。

……だから、お願い。土下座でも何でもするから許して……ッ、オレたち、お前の傍にいたいんだ。オレも兄貴もお前が好きなんだ。

……なぁ、お願いだ。○○……」

 竜胆が私をまっすぐ見て、そう言う。
 泣きすぎた彼の目元は薄紅色に染まっており、涙の跡が出来ていた。
 蘭さんは未だに俯いていて表情がよく分からない。

 わたし……、私は……。


「……もう、いいよ」
「やっぱり、二人のことは許せない」
ルート分岐5