「ああ、○○。もう来てたのか。遅くなって悪いな。
ほら兄貴ィ、モンブラン買ってきたぜ。ったく、○○が来るっつー日にコキ使いやがって……
……って、何? この空気」
何かあった?と尋ねてくる……が、何も答えられない。私も今のこの状況に混乱していたから。
「○○さん」と、隣にいる蘭さんから名前を呼ばれる。
「竜胆に聞きたいこと、あるだろ?」
聞けよ、と自分の弟を顎でしゃくって、壁に腕を組んで寄りかかった。竜胆は何が何だか分からないと言った様子で私たちを交互に見る。
唇をぐっと噛みしめ、携帯を持つ手に力が入る。
「……竜胆。これ、何?」
竜胆に近づき、携帯画面を見せる。
すると彼は目を見開き、さっと顔色を変えた。
「これ……竜胆とあの公園で再会した日、私が知らない男の人たちに襲われたとき撮られた写真だよね。
どうして竜胆が持ってるの? あの時、消してくれたんじゃなかったの……?」
「ッ、これは……」
あからさまに狼狽える弟を見て、蘭さんがプッと吹き出した。
「兄貴……?」
「竜胆〜 オマエ単純過ぎ。俺、一発でロック解除できたぞ? 兄貴にバレてるようじゃダメじゃん。もうちょっと分かりにくい番号に変えとけバーカ」
その言葉を聞いて、竜胆の顔が少しずつ怒りの表情に変わる。
兄に向かって大きく拳を振りかぶると、思い切り顔を殴った。蘭さんの体が吹っ飛んで大きな音を立てて壁にぶつかる。
「蘭さん!!」
慌てて彼の元に駆け寄ろうとしたら、私よりも先に竜胆が近づいて兄の肩を両手で掴んだ。
「どういうつもりだ……どういうつもりだよ!! オレ、携帯は自分の部屋に置いてたはずだぞ!? 持って出ようとしたら兄貴が「どうせすぐ帰ってくんだから必要ねえだろ」って言ったから……!!」
そこまで言った竜胆は、ふ、と体の力が抜けたようだった。
「……、……ああ、そういうことかよ。
オレに携帯置いて行かせて、ロック解除してから○○がすぐ気付くところに置いて、写真を見せるように仕組んだんだろ。
コイツがオレの秘密を知りたがってたのは兄貴も分かってたから、そうしておけばきっと○○は見るだろうって、そう思ったんだろ」
そう言って、一瞬間を置いてから再び蘭さんを殴った。
私には何が何だか分からなかった。
蘭さんを殴る竜胆も、大人しく殴られている蘭さんも、竜胆の発言の内容も。
ぜんぶ……全部分からなかった。
竜胆は「なんで」と言った。いつの間にか泣いている。
「今更こんな……、どうして……? 最初に言い出したのは兄貴なのに……ッ、○○襲おうって言ったのも脅しの写真取っとけって言ったのも、ぜんぶ、全部お前が言い出したことだろ!! オレは嫌だったんだ!! なのに、兄貴がそうしろって言うからっ……兄貴が……!!」
「うるせぇよ」
長い髪の間から弟を見る蘭さん。その目は暗く濁っている。
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