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今日は竜胆と会う日。彼の家の最寄り駅で電車を降りて、そのまままっすぐ灰谷家へ向かう。
歩きながら空を見上げる。どんより曇っている。
朝から天気があまり良くない。今日に限って天気予報を確認するのを忘れてしまった。……傘を持ってくるべきだったかな。
そんなことを考えながら「雨が降らないうちに」と、家へ向かう足を速めた。
「○○さん、どーも」
「蘭さん、こんにちは。……あれ? 竜胆は?」
「ゴメンなぁ、アイツ今いないんだわ。お使い行かせてんの。しばらくしたら帰ってくると思うから座って待ってて」
「わかった。そうさせてもらうね」
「俺、さっきまで寝てたんだぁ。だからちょっとシャワー浴びてくんね。……あ、一緒に入る?」
「え、遠慮しとく」
彼は「残念」と笑って、脱衣所に入って行った。今日も絶好調だな……蘭さん。
私はリビングのソファに座りながら竜胆を待つ。
ふと、テーブルの上の携帯電話に気付いた。竜胆のものだ。
それを見て、いつだったか彼の携帯の中を見ようとロックを解除しようとした時のことを思い出す。
……チラッと振り返り、周りに誰もいないことを確認する。竜胆は勿論いない。蘭さんも、まだシャワーに行ったまま。
少し迷ったが、結局手に取ってしまった。よし、あの時と同じようにロックを……、
「……?」
……あ、あれ?ロックがかかっていない。
あの時とは違い、暗証番号を入力する画面は出てこなかった。照れたように笑う私の写真が待ち受けに設定されている。
待ち受け……私なんだ。ちょっと恥ずかしい。
……でも、ということは。
見れる。今だったら、竜胆がずっと隠していたものの正体が分かるかもしれない。
ごくりと唾を飲み込む。緊張、する。
勝手に人の携帯の中を見るという行為に罪悪感を覚えるが、グズグズしていては蘭さんも竜胆も戻ってきてしまう。
私はまず写真フォルダを覗いてみることにした。
アルバムを開い……っ、うわ! 私の写真ばっかり!
フォルダの……恐らく半分以上が私の写真(竜胆が一緒に写っているものも含む)で埋まっていた。
確かに彼は私の写真を撮るのが好きで、よく携帯でパシャパシャやってたけど……。
連写したのか、同じ写真が何枚も続いてるものもあった。こんなにたくさん、いるかなぁ。
でもその他は特に変わった画像は無さそう。
友達らしき男の子たちと一緒に写っている写真とか……わっ、女の人の裸。
……いや、彼も男の子なんだからエッチな写真の一つや二つ当然あるよね。うん。
そう思って他の写真を見ようとした……ら、私はあることに気付いて指を止めた。
……この裸の女の人って、私?
恥ずかしくてじっくり見てなかったけど、その女性の顔は確かに自分だった。
でも待って。私、竜胆にこんな写真撮られた覚えない。
それにこれ……服が破れてる、ような、
心臓が、どくん、と強く脈打つ。
手が震える。呼吸も、浅く早くなる。
これ……この写真、もしかして、
「勝った」
驚きすぎて、声が出なかった。
振り返ると蘭さんがソファに座る私の上から覗き込むように、同じ携帯画面を見ていた。
お風呂上がりで、まだ少し濡れた髪を下ろしたままうっすらと笑みを浮かべている。
一見、普段とさほど変わらないようにも見えるが……その笑顔が今は何だか不気味で、うまく説明できないが、とにかく恐ろしい。
「蘭さん……いつの間に、」
「俺さぁ、賭けてたんだよね」
「……え?」
「アンタがその携帯見るか見ないか、自分の中で賭けてた。賭けに負けたら諦めようと思ってたよ。ああ、俺はこういう運命なんだなって。大人しく指咥えてお前ら二人を外から見てようって、そう思ってた」
「え、待って……何の話……」
「ただいまぁ」
蘭さんが何かよく分からないことを言い始めたその時、竜胆が帰ってきた。
今のこの場にはそぐわないほど明るい声の持ち主が足音を立てて近づいてくる。
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