「……もう、いいよ」

 私の言葉に顔を上げる竜胆。その目はきらきらと輝いていて、希望と期待に満ちている。

「っ! じゃあ、」

「もう……いいから、二度と私に関わらないで」



 す……、っと

 空気が、変わった



「竜胆がしたことも蘭さんがしたことも、もう、いいの。全部無かったことにするから。……ふたりのこと好きだったけど、今は、もう怖いの。これ以上一緒にはいられない。最後にその写真を消して、これからは私に関わらないで……放っておいてほしい」

 おねがい、……と。最後に小さく発した私の声は彼らに届いただろうか。
 竜胆も、蘭さんも、何も言わない。
 私も俯いて、じっと床を見ているから彼らの表情は分からない。

 ……やだな。空気が……、おもい。

 背中に汗が流れる。大して暑くもないのに、空気がじっとりしていて嫌な感じだ。
 部屋の中も薄暗く、外からはゴロゴロと唸るような音が聞こえる。ああ、天気が悪い。私が電車に乗ってここへ来る前よりも酷くなっている。空は、一面灰色だ。使い古した雑巾のような、きたない色。何気なく窓を見ると、遠くのほうでピカッと光り、ほんの少しだけ遅れて雷が落ちた。

 ああ、今日帰るとき、大丈夫かなぁ。やっぱり折り畳み傘でも持ってきておけば良かった。……でも、この天気じゃあ傘をさして歩くのも怖いかも。私が帰るまでに少しは落ち着くといいんだけど。






 ……などと、ぼんやり考えていたら、いつの間にか蘭さんが立ち上がっていた。こんなときでさえ動きに気配がない。本当に、猫のように物音を立てず行動する人だなぁ、と思った。

 彼は、長い髪の毛が顔にかかって、表情がよく分からない。無言のまま、す、と静かに歩き始め、キッチンへ向かった。
 その様子をぼんやり見ていると、彼はすぐに戻ってきた。

 
包丁を 持って



「……もう、いいよ」