(ぽっかりと、月が浮かんでいた)

(それは見事な満月だった。だれの目にも止まるような、雲もない空に輝く満月)

(仄かに赤くも見えるそれを、ベランダの手すりに寄り掛かりながら見ていたのはただの気紛れだ。特別なことがあった訳じゃない)
(ただ満月が目に留まった、それだけ)

(一体どれだけ眺めていたのか、不意に夜風に撫でられた肌は少し冷えていた。そそくさと部屋に戻る)
(どんな時期だって、油断をすれば風邪を引きかねない。やることもないし、とっとと寝てしまおう)

(そう考えて、ゆるくカーテンを閉めたベランダから離れるのと同時にコン、コン、と。ガラス戸が叩かれるような音がした)
(ベランダとそこに繋がるガラス戸に目を向けるも、人影らしきものはない。そもそも、このベランダはよじ登れるような高さにはないはずだ)

(コン、コン、と。人影のないベランダからノックの音が響く)

(……
開ける?)

†或る満月